所沢の“これから”を握るキーマンの一人、飯石藍さんに聞いた!多幸感あふれる「社会実験」そのワケとは
2022年秋・タワーマンションが立ち並ぶ銀座通りに出現したピースフルなマルシェ&集いの空間「TOKOROZAWA STREET PLACE」を覚えているでしょうか? このイベントのプランニングだけでなく関係各所との調整を行った”仕掛け人”とも言える飯石藍さんにお話を伺いました。
取材・文 前原麻世
多幸感に溢れた社会実験……2022年11月に行われた「TOKOROZAWA STREET PLACE」とは?
2022年11月に所沢中央銀座通り広場で開催された「TOKOROZAWA STREET PLACE」は、個性的なお店を集めたマルシェ。公民連携の街づくりの一環で、一つの社会実験として行われていました。
道行く人の目を引く赤い巨大コーン、コーヒーやお花・雑貨を販売するナチュラルテイストの木製の屋台、地元民からも愛されるカレー店のキッチンカー……。
筆者は家族連れでその場に赴き、巨大コーンを面白がり、本を買い、わが子とワークショップに興じました。
そして、このイベントで何よりも新鮮だったのは、無機質な印象のあったタワーマンション群の通りが、いつもとまったく違った楽しい雰囲気を持っていたということです。
「TOKOROZAWA STREET PLACE」について、所沢市役所のホームページにはこのような記載があります。
「私の好きなトコロがある街」
令和3年度に、パブリックスペースを活用した官民連携による街づくりを目指し、「所沢駅周辺グランドデザイン」を作成しました。
ここに掲げる街の理想像の実現に向けた居心地が良く歩きたくなる街をつくる社会実験として、街なかに個性的なお店を集めたマーケット「TOKOROZAWA STREET PLACE」を開催します。
駅周辺の再開発が話題の所沢市。自治体としては、ハード面だけでなく、ソフト面も充実させ「居心地が良く歩きたくなる街」づくりを進め、市内外からの来訪者が回遊できる場所にしたいと考えています。そのためには、自治体のみならず、常日頃地元で活動し地域の持つ力を知っている民間企業の見識も必要です。そこで、公民連携の街づくりとして「所沢駅周辺グランドデザイン」が立案され、推し進められています。
つまり「TOKOROZAWA STREET PLACE」とは、「居心地が良く歩きたくなる街」を作るための社会実験の場でした。
そして、私を含め市民の多くは、その狙い通り居心地の良さを感じ、思わず街を歩いて楽しんでいたのではないでしょうか?
「TOKOROZAWA STREET PLACE」がいかなる試みだったか説明したく、少々前置きが長くなってしまいましたが、そのプロジェクトの中心的人物が今回ご紹介する飯石藍さんです。
▲飯石さんが取締役として携わる株式会社nestの事務所にほど近い南池袋公園にて。
私たちが街ともっと仲良くなり街を使いこなすにはどうしたらよいのでしょうか?
飯石さんのこれまでの足跡・人となりを伺いつつ、市民 が無理なく・楽しく日常を過ごすためのヒントを伺います。
中高生時代を全力で過ごしたけど……進路に悩み選んだのはジャーナリズム
飯石さんが所沢で暮らし始めたのは小学5年生の3学期でした。親御さんが新所沢に一軒家をかまえたのです。
中学・高校時代は剣道部に所属し県大会に出場するほど部活に熱心に取り組みました。文化祭も「全力で楽しんだ」という飯石さん、学生生活を大いに満喫しましたが、大学受験にあたり、自身の志す道筋に悩みます。しかし、将来何がしたいのか分からないままでは受験勉強に取り組むもモチベーションを保つことが難しく、卒業後は浪人生活を選びます。
その頃の飯石さんは「何で自分はこんなにも世の中のことを知らないのだろう」と考えていました。
「知っている大人は親と先生くらいしかいない。これまでの人生の中で、進路ややりたいことを見い出すためのきっかけや情報を得ることがなかなか出来なかった。こんな中では進路を決められない……」
自身が抱いた疑問を糧に、飯石さんはやがてジャーナリズムの分野へ興味を持ちます。
情報が、その情報を必要としている人のもとにちゃんと届き、世の中で何が起きているのかを正しく知り、その人の選択肢を広げたり、見解を広げられるようなあり方につなげていきたい。浪人生活を過ごしたのち飯石さんが選び入学したのは全国でも数少ない「新聞学科」でした。
学生時代はメディア史やメディア論・メディアリテラシーを学びます。マスコミへの就職やジャーナリストを目指す学生が多く在籍する学科です。
ゼミでは、被害者報道のあり方を問う「報道倫理」というテーマに向き合っていました。
当時、事件を通じた社会一連のうねりを垣間見ながら、飯石さんは報道の持つ力が表裏一体であることを学びます。
在学中は報道局でバイトもします。卒業後マスコミ業界への就職も考えましたが、これまで学んできたことを鑑みると、報道局でのバイト経験から自身は報道の現場にはなじまなそうだと考え、そうではない道を模索します。
自治体コンサルからベンチャーへ 視野を広げてくれたどさ回りの日々
人の暮らしを支えるような仕事がしたい、そう考えた飯石さんが大学卒業後就職したのはコンサルティング会社でした。特に公共セクターに特化したプロジェクトに参加し、民間の立場から省庁や日本各地の自治体でDXや窓口業務の効率化など業務改善に取り組みました。業務のプロセスを改善していくことで、サービスを受け取る市民の人がより快適に生活できたり、暮らしが良くなっていくことに関わりたかったのです。
コンサルとして行政職員の方々と渡り合ったことは今でも糧になっているそう。
「行政や公共セクター内のプロジェクトの進め方や合意形成のプロセスに関われたのは、いまの仕事に活かされています」
コンサルの仕事にやりがいはありましたが、クライアントは大組織が中心で、自分のしたことが社会の中で具体的にどんな変化をもたらしているかは実感しづらいものでした。飯石さんは「もっと自分が携わった仕事による変化が直接見えるような場所で働きたい」と思い、社会課題解決をテーマにしたベンチャー企業に転職しました。
教育・福祉・エネルギーなど全国各地で課題に取り組む人々と関わり、ビジネススクールと協働でNPO向けの教育プログラムを開発したり、企業のCSRプログラムの中でローカル企業とコラボする企画を進めたり、全国のNPOやソーシャルベンチャーが集うカンファレンスの企画運営など、奔走します。「会社の規模は小さかったけど視野がすごく広がった」そうです。
しかし、社会課題を前提としそれを解決するための新しい仕組みを作るあり方について、飯石さんはもう少し身の丈で人々の暮らしを変えていくことに関わりたい思いが芽生え、別のアプローチを模索したいと考えるようになりました。
「3歩先の未来」を見せる建築のアプローチに“希望”を見い出す
ちょうどそのころ公共施設の活用リサーチの仕事がきっかけで「建築リノベーションにワクワク」していた飯石さん、頭の中には「空間を楽しくする・面白くするデザインの力が、課題解決には必要だ」というイメージがありました。「世田谷モノづくり学校」や「3331 Arts Chiyoda」など、公共施設の活用事例で面白いものが出現し始めていた時期でもありました。
ベンチャー企業を退職し2013年にフリーランスになってのち、飯石さんはまちのイベントに顔を出したり、建築プロデュースに関わる方に弟子入りしたりなどリノベーションや建築の力でまちを変える取り組みに数多く出会うべく行動しました。また物件のリノベーションを通じてまちづくりを仕掛ける「リノベーションスクール」も受講しました。(のちにリノベーションスクールの企画運営にも関わることになります)
飯石さんがなぜ建築の世界に興味を持ったか、それは「3歩先のミライを描く」からだそうです。
「これまでの仕事で関わっていたNPOやソーシャルベンチャーは、世の中への違和感や課題から動き出し、それを解決することをミッションに活動している方々でした。もちろんそのアプローチも尊いものでしたが、建築やデザインは、その課題を抱えながらも、空間や風景として楽しい・心地よい、という感性へのアプローチをとても大切にしているという印象を受けたんです。そのアプローチ自体にとてもワクワクしました。そしてそのアプローチで、まちなかの空き家や空き公共施設をリノベーションしていけば、まちがもっと楽しくなるんじゃないかなと考え始めていた時期でもありました。」
公共R不動産の立ち上げメンバーに
リノベーションにまちの課題解決の可能性を見い出した飯石さんはやがて「公共R不動産」の立ち上げに関わります。
この時カギになっていたのは、ディレクターを務める馬場正尊さんとの出会いでした。馬場さんはリノベーション業界の立役者的存在。既存の不動産サイトでは価値が出ないとされている物件たちを独自の視点でセレクトし、webサイトで紹介・仲介する「東京R不動産」を2004年より運営しています。リノベーションの文化を作っていったともいえる東京R不動産のアプローチに、飯石さんは感銘を受けます。
出会ったのはあるお花見の場でした。
馬場さんの存在を知っていた飯石さんは、花見の場で公共空間の活用について自身の考えを伝えます。この時のことを振り返り飯石さんは「オフィスに訪問し時間をもらって話すのとは違うかたちで、偶発的な場で会話できたからこそ伝えられたことがあった」と話します。この日のできごとを皮切りに、飯石さんは今に続く公共空間の利活用を目指すメディア「公共R不動産」の立ち上げに関わることになります。
公共R不動産では社会実験を経てリサーチを行う
飯石さんはプロジェクトチームの面々と試行錯誤し、約1年の準備期間を経て「公共R不動産」をローンチさせました。
「 公共R不動産」の事業内容は大きく分けて3つです。
1:遊休化した公共空間の情報を発信し、民間の方に届けたり、公共空間の活用事例を紹介することで活用の機運を上げてくメディア事業
2:活用を検討している公共空間に対して、自治体と一緒に活用ビジョンを描き、事業スキームの検討、公募のサポートまでをしていくプロジェクトプロデュース事業
3:公共空間の現状抱えているさまざまな課題をリサーチし、今後のプロセスを考えていくR&D事業
「公共R不動産」では、リサーチの過程で「社会実験」を行うことを大事にしています。自治体関係のプロジェクトでは、リスクを回避する傾向にあります。そのため、社会実験という名目で、施設をトライアルで活用し、誰がどう使うのか確かめるのです。
実験の良いところは「失敗がない」ことです。検証することが目的だからです。例えば「人が集まりませんでした」という場合、その場所へのマーケットがなかったのか場所性なのかコンテンツなのか どう改善すればいいか考えて次に行くことができます。
この方法は手間がかかるけど本当に必要なものを確かめながら進めることが出来るので、将来的な大失敗を防ぐことにつながります。行政にとっても市民にとっても良い方法なのです。
足しげく通い、現地調査を繰り返し、キーマンを探す
「公共R不動産」がコンサルタントとして介入する全てのプロジェクトは、現場に赴き現地調査を繰り返すことで進めていきます。人・地域・歴史を知り、プランニングしながら現場で確認する。机上の理論だけでは分からないことがたくさんあるためです。そうすると、資料だけでは見えてこなかったスケールのものが見えるそうです。「建物の隙間に活用できそうな土地がある!」そんな発見もあります。
人という面では、その地域のキーマンを探すこともしばしば。探し当てたキーマンの元には足しげく通い、いっしょにこれからの街の未来に向けて動くビジョンを共有し、そのビジョンに共感してもらえたらどういう役割で動くかをディスカッションします。結果、地元の建設会社の社長さんが一肌脱いでくれて、プロジェクトが動き出したこともあります。
最近では、ローカルのマーケットを主宰している人が影響力を持っていることもあり、そういった人物にコンタクトを取ることもあります。飯石さんが所沢で手がけた「TOKOROZAWA STREET PLACE」もそんな地道な積み重ねの賜物でした。
街を身近に、無理なく仲良くなるヒントは「妄想」
いまも所沢では各所で日々「この街を良くしたい」と思う人によるイベントや取り組みが行われています。飯石さんが携わる「TOKOROZAWA STREET PLACE」もその一つでしょう。しかし、街に暮らす”ふつうの人”にとって、何かしたいと思ってもアクションを起こすのはなかなか難しいのではないでしょうか?
取材の終わり、所沢だけでなく池袋や全国津々浦々で様々な街で自治体や地域の人々と接し活性化の手助けをしてきた飯石さんに、私たちが無理なく街と仲良くなれるヒントを伺いました。
「妄想から始めてみてはどうでしょうか?」飯石さんはこう切り出してくれました。
「街のどこか広めの路上にベンチやソファーを置いて本を読んでみたいな、とか、ビールでも飲みたいな、とかそこでの過ごし方を妄想してみる。その妄想を続けていくと街の楽しみ方が見えてくるのではないでしょうか? 妄想したら仲間と二人くらいでちょっとやってみる。街のすき間にある小さな公園とか。自分の足元の場所を楽しんでみるっていうことができると、街の見え方が変わってくるんじゃないかなと思います」
そう、まずは思い描いてみる、妄想することです。妄想なら、誰かに迷惑をかけることはありません。そして、もし妄想し続けたら、それはやがて何らかのタイミングが重なり「やってみよう、やろう」に変わるときが来るかも知れませんよ!
そう思うと、街での暮らしが今より少し楽しみになりませんか?
11/18(土)・19(日)は「STREET PLACE CHALLENGE」開催
来る11月18日・19日は「TOKOROZAWA STREET PLACE」の経験を踏まえ、「STREET PLACE CHALLENGE」が開催されます。所沢市都市計画課が策定する「所沢駅周辺グランドデザイン」を踏まえつつ、建築家/RFA主宰・藤村龍至さん、ハートビートプラン・園田聡さん、そして今回ご紹介した飯石さんという3人の専門家が仕掛けます。
2回目となる今回は、七五三の子ども達で賑わう所澤神明社・旧市役所前・元町コミュニティ広場を繋ぎ、ローカルのコンテンツが集まるマーケットと居心地の良い空間を提案。イベントと日常を繋ぎます。
また、この2日間「TOKOROZAWA DESIGN WALK」という名称で市内7カ所でイベントが行われています。現在、参加予定の各所でガイドマップを配布中です。ぜひ手に入れて街歩きを楽しんでください!
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kurashi/jutaku/chushinshigaichi/TSP2023.html
飯石藍さん プロフィール
公共R不動産メディア事業部マネージャー/株式会社nest取締役
所沢市立美原中卒業、埼玉県立川越女子高校卒業、上智大学文学部新聞学科卒業。
公共空間にまつわる実践型メディア「公共R不動産」にて、公共空間活用のリサーチ&情報発信、発注のプロセスデザイン、「公共空間逆プロポーザル」など、公共空間のクリエイティブな活用に向けた様々な事業を企画推進。
また、豊島区の南池袋公園・グリーン大通りを中心とした社会実装プログラム「IKEBUKURO LIVING LOOP」にて、社会実験をハード整備や都市政策につなげ、公共性・寛容性あふれるパブリックスペースを生み出すべく地元企業と協業して推進中。
共著書に『公共R不動産のプロジェクトスタディ 公民連携のしくみとデザイン 』(学芸出版社)。
グッドデザイン賞審査委員(2021年〜) など